1942(昭和17)年東京・浅草生まれ。川崎市高津区で育ち、1965年早大政経学部卒。出版社に入り、週・月刊誌の編集部に配属された。が、編集作業 よりもっぱら記者活動に従事。3年足らずで退職、フリーランスになるが、途中7年あまり広告代理店の社員になり、PRを手掛けた。1980年退職、フリー に本格復帰して現在に至る。ノンフィクション作家、ジャーナリスト。主として日本社会の暗部である暴力団や新宗教に焦点をしぼってジャーナリスト活動を続 けている。

 2003年、同和利権を暴いた「週刊現代」での連載「食肉の王」とそれに加筆した単行本「食肉の帝王—巨富を掴んだ男浅田満」で編集者が選ぶ雑誌ジャー ナリズム賞の大賞、日本ジャーナリスト会議のJCJ賞、第25回講談社ノンフィクション賞の3賞同時受賞を果たした。同書で同和利権の構造を暴く中でハン ナングループを仕切る浅田満氏と暴力団など裏社会のつながりを丹念につづり、この告発を契機として、その後浅田満氏は偽装牛肉にからむ詐欺などの容疑で逮 捕・起訴され、懲役7年の判決を受けた。
 
 山口組など組織暴力団や裏社会をテーマにする著作は溝口敦の中で大きな位置を占め、「血と抗争 山口組三代目」「山口組四代目 荒らぶる獅子」「ドキュ メント 五代目山口組」など一連の山口組物のほか、「中国『黒社会』の掟 チャイナマフィア」「パチンコ30兆円の闇」「仕事師たちの平成裏起業」など関 連著作は多数に上っている。

「山口組ウォッチャーの第一人者」とされるが、内部情報に基づき、歯に衣着せず真実を書くため、過去3回、組織暴力団関係者から言論妨害の威嚇や襲撃を受けた。

 1回目は「ドキュメント 5代目山口組」刊行直後の90年8月29日、同書への反撃として、山口組系組員とおぼしき男に刃物で左脇背を刺され、全治2ヵ月の重傷を負った。

 2回目は写真週刊誌「フライデー」92年7月31日号に書いた溝口の署名記事「追いつめられた最強軍団山口組の壊滅前夜」を原因として、同年8月14日、同誌副編集長が山口組系山健組の組員2人に特殊警棒で殴打され、頭部を7針縫う傷害を負わされた。

 3回目は溝口が月刊「現代」06年1月号に書いた署名記事「六代目山口組・司忍 武闘派知将の素顔」を原因として、同年1月8日、溝口敦の長男が山口組 系山健組内兼國会の組員に背後から刃物で刺される事件が発生した。組員は襲撃して逃げる際、携帯電話を落として足がつき、その後、実行犯など3人が逮捕・ 起訴され、それぞれ有罪判決を受けている。

 だが、溝口はこれらの襲撃に臆することなく、現在もなお従前に変わらぬ著作活動を続けている。「殺菌には日の光に晒すのが一番だそうだ」(米最高裁判事 ルイス・D・ブランダイス)をモットーに、問題含みの人に対しては容赦なく真実を書くため、06年には「週刊現代」で連載した「細木数子 魔女の履歴書」 が名誉毀損、信用毀損に当たるとして、書かれた細木数子氏が同誌の版元である講談社の社長に6億円余の損害賠償を求める訴訟を起こした。溝口敦は連載記事 の書き手であるにもかかわらず訴えられていないが、同年9月、同裁判に補助参加して公判廷でも細木氏と対決することに決めた。


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