426)六代目山口組に復縁した山健組に課せられていること(21年9月27日)


 当初は神戸山口組の傘下だった山健組(中田浩司組長)が六代目山口組に復縁し、22日、山健組の幹部が高山清司若頭に面会、6代目入りの正式承認をもらった。

 もともと中田組長は18年5月に山健組を継いだ後、弘道会の中野寿城・前若頭と兄弟分であることから、その縁で六代目山口組に戻ろうと模索していた。今回、中田組長は収監中でありながら、弁護士を通じ晴れて復縁がなったわけだ。

 一説に中田組長が率いる山健組は組員700人、神戸山口組に残留する山健組は500人といわれるが、実際は両派とも大幅な水増しで、せいぜい100〜150人ぐらいが実数という見立てもある。

 その正否はさておき、最盛期には傘下7000人、「山健組にあらざれば山口組に非ず」とまでいわれた勢力が見る影もないほど痩せ細った。山健組の暴力面の「声望」はまだまだ高いようだが、果たして実戦でどこまで成果を挙げられるか、心もとない感じもする。

 山健組を迎え入れた六代目山口組としては当然、戦力として期待している。勢力は小さくともやれることはある、と。

 神戸山口組の井上邦雄組長が山健組の組長をそれまでの中田浩司若頭に譲る前、山健組の幹部からチラッと聞いたことがある。

 昼ひなか、井上組長がおどけて「○○子ちゃ〜ん」と感極まったような声を挙げる。側近が知るだけだが、当時、井上組長は若い○○子ちゃんに大いに熱を上げていたようだ。話を伝える幹部は「困ったものだ」と苦笑いしていた。

 今回、六代目山口組に復縁した組員の中には当然、こうした情報に接している者がいるはずだ。そして女性ネタが組長の命数を決めることがある。

 中野会の弘田憲二副会長は02年4月、沖縄の那覇空港から女性の運転する車で市街に移動する際、山口組直系天野組組員にバイクで追尾され、交差点で停車した際、バイクの組員から窓越しに拳銃を連射され、死亡した。

 車を運転する女性が弘田副会長の愛人だった。天野組はこの女性宅の電話を盗聴し、弘田副会長が沖縄で女性と密会すると知った。すなわち大阪の女性の自宅から空港、那覇、レンタカーの借り入れ、ドライブまで終始尾行し、拳銃の全弾を撃ち尽くして弘田副会長の射殺に成功したわけだ。

 つまり女性との逢瀬が意識することなしに、弘田副会長を墓場まで導いた。竹中正久4代目も同様のケースだろうが、女性は少なからずヤクザの命取りになる。げに女は恐ろしい存在であり、復縁なった山健組はまず井上組長必殺の女性ネタを探すのが使命となろう。