420)コロナ禍で求められる「デカメロン」的生活(21年6月21日)


 コロナ禍でやるべき仕事がなくなったわけではないが、それでも取材に出たり、打合せで編集者に会ったりする機会がめっきり減った。

 家にいてもやることがないから、どうしてもハマルのが活劇である。今はアマゾンプライムで「ウオーキング・デッド」を見ている。1シリーズ15〜16話ぐらいが延々10シリーズ以上続く。とにかく長いが、それにしても、原作のアメコミの底力を感じる。メチャクチャ面白く、ついつい一気見したくなるほどだ。

 もともとゾンビ物は食わず嫌いだったが、乱暴にいえば、今のコロナ禍に似た時代背景ともいえる。人々がどう独立国を打ち立て、国やグループが争い、殺し合い、提携し、といった案配で、戦国絵巻のような面白さがある。

 目を外に転じて社会ネタに目をさらすと、一般人がどうしようもない犯罪を重ねていると感じる。しつこい客がパブのママを殺したり、ネットカフェーの客が女性店員を人質に1日以上立てこもったり、無理心中を図ったり。被害者にはお気の毒だが、世も末の、展望が開けない犯罪が続いている。

 やけに一般人の犯罪が増えた気がする。ことによると暴力団など反社会的勢力が手を染める事件より多いのではないかとも思うが、警察庁による去年の犯罪情勢によると、刑法犯認知件数は03年以降、一貫して減少し、去年も前年に続き、戦後最少を記録したという。

 増えているのはサイバー犯罪、配偶者からの暴力事案や児童虐待で、おおよそ横這いの犯罪がストーカー事案とある。犯罪も総じて内向きでジメつき、コロナ禍の重苦しい空気を反映している。

 ピストルをぶっ放すようなカラッとした犯罪をと、暴力団世界に目を転じてもムダだ。暴力団も半グレたちも喪に服したように陰に籠もって、ほとんど最近は事件を起こしていない。

 だからといって、オリンピックの勝ち負けに期待することはできない。日本国民はもちろん、世界中の国民から祝福されていないスポーツイベントだからだ。

 仮に開催されれば、日本で感染が拡大するばかりか、新型コロナの蔓延で選手を送り出せない国も、地域予選を戦えない国も、終了後、「日本株」を持ち込み、新たなパンデミックにさらされる国も出るだろう。

 どう転んでも楽しくフェアなオリンピックにはなりようがない。主催国民ばかりか参加国民にも迷惑がられる天下の愚行である。

 14世紀、ペスト蔓延下で生まれた「デカメロン」が教えるように、コロナ禍ではできるだけ動きや交わりを控え、静かに物語や活劇、本や動画に耳を澄まし、目をこらすべきだろう。休めるなら、現業部門の仕事であっても休みたい。