405)「コップの中の嵐」でも生き様の違い(20年10月19日)


 山口組分裂抗争は微視的にみれば、六代目山口組の優勢が確立した。対立する神戸山口組は山健組の分裂で、今後組織として機能できるかさえ怪しい。絆会はすでに山口組の看板を外し、半ば脱反社路線に踏み出している。

 3派はそれぞれ組員数を減らしている。分裂抗争を社会的な影響度でみるなら、かつての山一抗争とは違い、「コップの中の嵐」化は否めない。どの派にとっても勝利なき消耗戦である。

 しかし、そういう分裂抗争ではあっても、「男の生き様」が垣間見える場面がある。かつて山口組四代目竹中正久は自分の生き方を問われて「そりゃ、男として死にたいわ」と答えた。本来、ヤクザにとって「男の生き様」は重要な徳目だったはずだ。

 絆会を例に取ろう。

 同会の池田幸治元若頭(尼崎、眞鍋組組長)は絆会の中で解散推進派だったが、7月14日、絆会は正式に解散を撤回した。8月11日に絆会は新人事を発表し、池田若頭は引退して眞鍋組を解散、脱反社路線の実現としてカタギになった。

 しかし、池田元若頭は9月10日に愛知県下の弘道会傘下組織を訪ね、「これまでは申し訳ありません。カタギになります」と深々と頭を下げたという。

 一見、絆会の脱反社路線を徹底した行為とも見られよう。だが、実態は命乞いで、池田若頭はこれにより男を下げたとの評価がある。
 尼崎の住人が言う。

「今、ヤクザが「怖いから」と平気で言います。池田さんはカタギになったけど、それでも六代目山口組に何をされるか怖い。それでわざわざ弘道会に頭を下げに行き、今後、私は無関係、いじめないでねと頼んだ。

 彼は今53歳、それまでのヤクザ生活で通算3カ月刑務所に入っただけというから、人間の出来が甘いのもしかたがない」

 これに対し、長野県宮田村で、もともと絆会系だった四代目竹内組・宮下聡組長を車内で撃った絆会・金澤茂樹若頭は事件で男を上げている。

 地元の事情通が言う。

「金澤若頭は先代の竹内組組長だった。彼と百瀬雅樹幹部が竹内組を育てた。組を戦闘的に鍛え、弘道会系と張り合って一歩も退かなかった。

 これで百瀬さんは服役し、後に残った宮下さんは幹部だったけど、これまでジギリ(組への献身)を掛けたことがなかった。

 だけど、獄中の百瀬さんが「後任の組長は宮下に。彼も役をやればやる気を出す」と推した。金澤若頭は宮下さんを組長に据えたが、宮下さんは9月28日、弘道会系高山組に組を突然明け渡した。それでその日の夜、金澤さんは自分がまずったことのせめてもの償いとして、宮下さんを撃ち、逃亡生活に入った」

 映画になりそうな展開ではないか。