363)退潮著しい繁華街のヤクザの消費(18年11月5日)


 盛り場とヤクザというと、飲食店などからみかじめ料や用心棒代などを取る暴力団ということになりがちだが、暴力団の所作としてもう一つ、飲食店などにあぶく銭を落とす機能がある。

あの人はカネが切れる、カネに対して太っ腹だという評価はヤクザのとりわけ上層部で重要であり、それが街の「親分評」につながっていく。

 しかし今、東京でいえば、銀座や新宿などではあまりヤクザを見ない。10年ほど前までは毎日のように高級クラブを回って歩く大幹部ご一行を見かけたものだが、すでにそうした姿はない。カネづまりと警察の目のせいだろう。

 替わって六本木などに登場したのが「ニューヤクザ」などと呼ばれる一群である。夏ならTシャツ、パンツ、ビーチサンダル(そうでなければスニーカー)というラフなナリをして高級店で遊ぶ。

一見、ご近所の赤提灯で一杯という格好だが、身につけている服装や小物は、知る者が見ればべらぼうに高い。シュプリームやオフホワイトという流行りのブランドで通し、小汚いシャツが17万円、ウインドブレーカーが70万円もする。こういうベラ高のブランドで身を飾るのが彼らにしてみれば「成功者の証し」なのだろう。

 店では何本もシャンパンやワイン、テキーラを抜く。人数にもよるが一店だけで平然と数十万円〜百万円を使う。今どき降って湧いたような太客だが、言葉づかいは砕けすぎず、子分や取り巻きたちに対してもきちんと気づかいする者が多い。

問題は彼らのシノギが何かだが、都心の一部地域での地上げか、そうでなければオレオレ詐欺か、などと見られている。ニューヤクザといってもヤクザの凄みはなく、雰囲気はむしろ半グレの上層部に通じる。飲み屋での言動がいかにも目立つから、ことによると、彼らには本チャンヤクザのケツモチがついているのかもしれない。

だが、盛り場で彼らが本チャンヤクザとつるむことはない。遊びでは別行動をとり、カネづかいの点ですでにヤクザを凌駕している。

今も金脈を保持した古いヤクザの中には、「わしらはカネを使うぐらいしか能がない。遠慮せんで、取っといて」と店の者に過分のカネを押し付ける者がいる。カネづかいは重要という意識はヤクザの中にもあるのだ。

とかくヤクザは資金源だけを注目されがちだが、消費面を見ても、その退潮は著しい。