354)錬金術だった昔の暴力 想像を超える一般人の暴力(18年7月2日)


 元自衛官のアルバイト店員が富山市の交番を刃物で襲い、警部補を殺して拳銃を奪ったあげく、近くの小学校で警備員を拳銃で殺した。

 かと思うと、新幹線「のぞみ」車内では無職の22歳の男が「誰でもよかった。刑務所に入りたかった」と手近の男女3人を襲い、殺傷した。

 一般人の振るう暴力が暴力団以上に兇暴化している。暴力団は年に数えるほどしか銃弾を使わず、拳銃を使う代わりに、ひところの暴走族のように金属バットやゴルフクラブで相手を襲っている。あるいはトラックをバックで突っ込んで相手の玄関先を壊したり、やることがチマチマとしてせこい。

 なまじ拳銃を使うと、警察に「抗争」と見立てられ、仕える親分さえパクられかねない。そのためいい年をして子供のような喧嘩になる。配下に対する教育、管理は一般社会以上に徹底している。

 しかし本来、暴力は暴力団の根源である。昔から「喧嘩に勝てばカネが湧く」と言われるように、周りにいるダンベエ(地場産業の社長、旦那)などは暴力が強い方にカネを運んで来た。さらに暴力団を率いる組長たちにも「うちは強い」という自信があれば、周りにカネを出せ、と強要もできた。

 昔、山口組の若頭補佐だった中野太郎(元中野会会長)は若い女性たちも侍る席で、居合わせたパチンコ屋のオーナーに言ったそうである。

「うちの若い者が近々(刑務所から)出るんや。ついては祝いで、一五〇〇万ほど投げてやってくれんか」

 パチンコ屋は当然、「出したいのはやまやまなんやけど、このところ手元不如意で」と断った。

 と、中野太郎はその場に控える若頭に真顔で命じた。

「おい、明日までにこいつを殺っておけ」

「へい、殺っておきます」

 若頭も真顔で中野の命を受けた。

 中野は不機嫌そうに席を立ち、出口に向かった。パチンコ屋は顔色を変え、あたふたと中野の後を追った。おそらく1500万円出しますからと、中野にすがったのだろうと、現場に出ていた女性から聞いたことがある。

 今では冗談でもこうした芝居は打てない。たちどころに中野がお縄になるからだ。

 中野に恐喝されたパチンコ屋としては、これほど腹の立つ話はないだろうが、それにしても昔はこういう乱暴ができた。暴力をカネに変える錬金術は今、複雑なルートをたどるようだが、「暴力はカネ」という暴力団の黄金律はまだまだ変化していないはずである。