324)自殺に道連れを求める心理は理解できない(17年11月6日)


 度外れた非情さに対して「首吊りの足を引っ張る」という言い方がある。

 座間市の白石隆浩容疑者の犯行は首吊りの足を引っ張るどころではない。一度は供述したという報道によれば、自殺志願者をアパートに呼び寄せ、性行し、殺し、解体し、肉や内臓をゴミとして捨てた。

 しかもわずか2カ月の間に9人もそのように処理した。1人だけ男で、残り8人は女だったという。

 雄ライオンは新しく伴侶になった雌ライオンの子を喰い殺す場合があるようだ。しかし、いくら自分の遺伝子を子に伝えたい雄ライオンでも、雌ライオンは殺さない。容疑者は鬼畜にも劣る卑劣漢といえる。

 やり口はどこまでも狡猾で卑劣である。いくら自殺志願の女性が殺しやすいとはいえ、平然とカネを奪った上で殺し、遺体を損壊し、遺棄する。

 自らも自殺したいような口ぶりで女性を吸引し、自殺を志願している女性を殺して自分の利益機会とした。白石にとっては失敗率が低く、需要が多い簡単なカネ儲け手段だったのだろう。

 ふつう人は自殺しそうな人を見れば、死ぬなと引き止める。

 筆者も今回改めて「自殺志願」をキーワードに検索をかけてみて、サイトの数、ツイッターの数の多さに驚いた。死にたいと漏らす人が無数にいる。志願者の中には、自殺を思いとどまらせようとする言葉にうんざりしている人たちがいることも確からしい。

 世の中は病んでいるという言い方は安直だが、やはり病んでいると言わざるを得ない。自殺に道連れを求める心理も理解できない。死ねば真っ先に意識が消失する。道連れがいようといまいと、意識できないのだから、何の関係もない。

 一緒に死んでくれる人募集というのは自殺願望の表出である。願望を表出さえしなければ、白石容疑者の餌食になることもなかったろう。死ぬ気があるなら、死ぬと外部に漏らしたい欲求も容易に抑えることができるのではないか。

 今回の事件で明らかになったが、自殺志願者の発見とそれへの接近は白石容疑者のような者にとっては、またとないビジネスチャンスになる。あの世に潔く旅立とうとする自分が、この世に薄汚れた儲け話と非情なトラブルを残すようでは、死んでも死にきれまい。

 自殺の阻止は難しいだろうが、死ぬなら、せめて自分の死ぐらい、社会風俗ネタにならないよう気をつけたい。人には生と死の尊厳を守りたい欲求があるはずだからだ。