292)カネが飛び交う医者と暴力団の関係(17年2月27日)


 京都府立医大の教育研究評議会が24日、山口組の直参である淡海一家(大津)高山義友希総長との交際を指摘された吉川敏一学長に自発的に辞職するよう要求した。この癒着騒ぎでおそらく吉川学長や吉村了勇病院長の首が飛ぶものと見られる。

 高山総長の今の腎臓病がどの程度のものか、筆者は知らないが、彼が03年に淡海一家を立て弘道会の舎弟頭補佐になった後、大津の組事務所を訪ね、高山総長から直接話を聞いたことがある。

 高山総長はまだ若々しく、いかにも健康体だった。組事務所は大きなビル1棟を丸ごと使う贅沢さで、中に空手道場も備えていた。彼は東海大学の空手部出身で、名古屋の弘道会本部にも道場があるところから、出稽古に行くと話していた。師範級の腕だったのだろう。

 ヤクザになる前は地元の滋賀商銀に勤めるサラリーマンだったが、見るからに金持ちのボンボン育ちといった雰囲気を漂わせていた。帰りがけ、彼の自宅を通りから臨み見たが、広い敷地に建つ和風の豪邸で、実父の高山登久太郎(元会津小鉄会会長)がごっつくカネを残したんだろうなと思わせるものがあった。

 当時、弘道会会長だった高山清司・山口組若頭には可愛がられていると自認していた。同じ高山姓だが、姻戚関係はなく、在日同士の連帯感ぐらいはあったかもしれない。

 高山登久太郎は実子がヤクザになることを望まなかった。義友希が自分の都合でヤクザになったのだが、義友希はやはり実父の遺言に従うべきだった。ヤクザにさえならなければ、逮捕や服役を招くような事態にはならなかったろう。

 義友希は14年7月、生体腎移植を府立医大病院で受けたが、移植を希望する者は多く、義友希がわずか半年ほどの待機で 移植を受けられたことにも病院側の便宜が疑われる。診断書の作成、提出だけではなかったろう。

 医師や弁護士は地方条例の「暴力団への利益供与の禁止」を問われることがない。サービスは全面OKなのだ。しかも暴力団側が術後、医師に特別の謝礼を渡すことは習慣化している。

 85年1月、竹中正久が一和会の手で射殺され、手術の甲斐なく次の日には死亡したが、実弟の竹中武は担当医に100万円の謝礼を払った。「よくぞ兄貴を生かそうと奮闘してくれた。ありがとう」というわけだ。

 手術が成功していたなら暴力団側が払う謝礼がこんなものでなかったことは想像に難くない。